法人の理念と歴史

砂原母の会 理念


私たちは 一人ひとりの育ちを大切にします


教育の方法はひとつではありません。子どもの育ちに絶対もありません。 一人ひとりが大事にされ、自分が自分であることの喜びを感じ、 人生が豊かで尊いものになるように、私たちはいつもより高いところを目指します。


私たちは 子育ての支援を行います


様々なニーズや支援の必要な家庭が増えていく中、 私たちは、病後児保育・一時保育・子育てひろば・学童保育クラブなどの 子育て支援を積極的に取り組んできました。 保護者の就労支援と、子どもの育ちの支援は、 子どもの成長と共に、親が親として成長できる支援です。 親と共に考え、共に育てていく姿勢を、いつまでも大切にします。


私たちは 自由であることに感謝します


自由であることの幸せや、平和であることの喜びに感謝しながら 民主的で地域に開かれた施設であり続けたいと思います。 私たちの力は小さいものですが、社会福祉法人としての使命を担い、 地域に根ざし、地域に貢献していきたいと願っています。



 

 


砂原母の会のあゆみ


終戦まもない1947年、この地がまだ亀青村大字砂原と呼ばれていた頃、 地域の婦人たちは子どもたちを集めて、高木神社の境内の一角で青空保育を始めました。

当時は日本中が貧しく、物のない時代です。 創成期の「子どもたちの教育と生活の向上を」という熱い思いが、半世紀を経て 「将来を担う子どもたちのために」という気持ちに相まって行き、 現在の教育内容とその具体化に保育者が心を合わせて「子どもの今」を見つめています。

かつて砂原と呼ばれ、沼地であった砂の原に思いを同じくする者たちが集まり、 種まく人(そあ/sower)となって、子どもたちのために様々な種を蒔きました。

日照りや大雨で大切な種が芽を出さないこともしばしばでしたが、困難な時代を乗り越え、 地域に根を張りながら、枝を広げることが出来てきました。

花は実を結び、実はまた新しい種を作ります。

希望の種です。

希望の種は、日本の未来をも作り出します。

砂原母の会は、「かつて」と「今」とを新たに繋ぎ、子どもたちが人として根幹にかかわる教育の質においても、 地域の方々に選んでいただける教育施設を目指します。

時代とともに人々の暮らしは大きく変わっても、 子どもたちは多くの人や自然に関わりながら育てられていくことには変わりありません。

価値観の多様化する今日「子どもの将来にかかわる」故にその折々にあって模索し、 努力し、常に学びを深めていきたいと思います。


沿革


  • 1947年9月日立亀有工場の社宅に住む婦人たちが高木神社の境内で青空保育をはじめる
  • 1949年5月1日児童福祉法の認可を受けて砂原保育園開園
  • 1953年9月1日社会福祉法人砂原母の会設立
  • 1958年4月新園舎完成
  • 2004年10月1日葛飾区の委託を受けて砂原保育園に病後児保育室「とまと」開設
  • 2005年4月すまいる亀青学童保育クラブ開設 (定員70名)
  • 2007年4月1日そあ保育園開設 (定員90名)/そあ学童保育クラブ開設 (定員50名)
  • 2007年10月そあ保育園に子育て支援センター「そあ・こどもコミュニティセンター」、一時保育事業「にじ」開設
  • 2010年4月1日すまいる中之台学童保育クラブ開設 (定員60名)
  • 2012年10月1日砂原保育園北棟新築 (定員97名)/砂原保育園に子育てひろば「季の風」開設
  • 2013年4月1日練馬区にそあ季の花保育園開設 (定員120名)
  • 2013年10月1日そあ季の花保育園に一時保育事業「なずな」開設